【0円研究家】まー坊プロフィール

こんにちわ!0円研究家をやってる まー坊です。

0円研究家とまー坊について一生懸命書いたので必ず全部読んでください。

 

0円研究家

0円研究家とは生きていく上であって当然だとされるコストを0円にできないか研究する無謀者の事です。

人間、なぜ働くかって基本的には「家賃」と「食費」のために働いてる人が多いと思うんですよ。
これがなくなったら働かなくてもよくなる。少なくとも週5日8時間労働などという馬鹿げたことをしないでもよくなるじゃないですか。

だから最低限、生活に必要な「家賃」や「食費」などをメインに、あらゆることを0円にする方法を日々研究しているのです。
僕は情報収集能力が異常に高く、頭がとんでもなく賢いので何でも0円にできてしまう。
それを活かして研究成果をTwitterで発信しながら僕は生活をしています。暇です。人間働かないとすごく暇です笑

【基本ステータス】
本名:古川昌人(フルカワマサト)
年齢:23
性別:オス
略歴:一度の留年を経て青山学院大学卒業。日本で唯一の0円研究家。

 

僕が0円研究家になった理由は

1、僕自身がお金から解放されるため
2、同じようにお金の奴隷になっている人たちを解放するため
3、そして1,2を最大化するための発信力をつけるため

この3つだ。
お金に縛られて、自分の人生を生きていない人たちの人生を取り戻す。

生まれた瞬間からサプライズが待っていた

僕が生まれたのは、1994年10月7日。

あの時のことは鮮明に覚えている。
引きこもりだった僕はいつも通り羊水を飲み、子宮でくつろいでいた。

暇つぶしに壁を蹴っていたところ、遠くから誰かを応援するような声が聞こえたかと思えば、突然部屋が狭くなっていき、引っ張られるように玄関まで連れてこられ、強引に外に連れ出された。

初めての外出。僕はそこで信じられないものを見た。

目の前に僕がいるのだ。

僕はショックのあまりそこで気絶した。目が冷めるとベッドの上にいて、だんだんと冷静に考えられるようになってきた。目の前にいたのは僕ではなく、僕に似た人間。つまり双子の片割れでした。

ちなみに一卵性双生児が生まれる確率は0.3%。約300人に1人。これは立派な奇跡だと思った。

 

保育園という名のスラム街

その後、僕たち双子は家の隣にある保育園に入園することになる。

どうやら、やんちゃだった僕たちの送り迎えを少しでも楽にするために隣のマンションを選んだらしい。

ただ、入園した保育園は僕たちには少々窮屈な居場所だった。

みんなと同じように折り紙をおりみんなと同じ時間に同じメシを食べ、

自由時間も敷地内から出てはいけない。

まるで刑務所だ。
僕たちは次第に大人に逆らうようになった。

みんなと同じことをするのに嫌気がさしていた。食事の時間も大人から隠れ別の場所で遊んでいた記憶がある。

腹が減ったら、給食の残飯が残ったワゴンから食料を調達することで腹を満たす生活。

僕は5歳にしてスラム街で生きていく術を身につけた。

 

萎縮した瞬間が人間の「終わり」だと気づいた

小学校は野球ばっかりやってたから割愛する。

流れで中学も野球をやることになったが、チームがめちゃクソ強くて、全国大会まで出場するレベルのチームだったんですね。

当然練習も厳しく、おれは試合に出ても全然活躍できなくて。そんな状態が続いた。

いつもビクビクしながら野球してた。おれは正直まったく楽しくありませんでした。

 

けど野球って根性論を叩き込まれるから、チームのメンバーもコーチ達もみんなそんな感じで誰にも言えなかった。

やめることは悪いことだと思ってたし。だからビクビクしながら3年間続けたよ。

もうそこにはスラム街で懸命に生き抜いていた僕の姿はない。

 

高校生活では野球はもう絶対やりたくなくて、でも運動能力は高かったからなんかスポーツをやるとは決めてた。
そこで考え抜いた結果

まー坊/0円研究家
バスケやったらモテるんじゃね?
と浅い結論に達し、すぐにバスケ部に入部を決めた。

ちょこちょこモテた。特待生で入った僕は進学科で偶然1位を取り、身体力テストっていうやつも3年間ずっと1位を取れたのでちょこちょこモテた。かなり調子に乗っていた。

 

けど意気揚々と入ったバスケ部は入って半年くらいでやめた。うちの高校のバスケ部は体育館をほとんど使えなくて、基礎トレーニングばっかりだったからボールに全然触れなかったんですよね笑

多分そこらへんの陸上部より体作りこんでたと思う。バスケ部の奴らは入学3ヶ月で体が異様にバキバキに。

あとは、基礎トレばかりで面白くなかったこともあるけど、何よりコーチが嫌だった。理不尽にキレられるし、乱暴だし、怖かった。気づいたら、また中学の時と同じように萎縮してた。本当に精神衛生上よくないと思う。

体育会系の部活はやばいです。理不尽が正当化されるように洗脳される。コーチや監督もその洗脳を受けているからさらにタチが悪い。立派な宗教だよ。ブラック部活だ。

今思えばさっさと逃げてよかったと心の底から思う。

 

やめてからの記憶がほぼない

好きだったからストリートでバスケは続けてたけど、それ以外の記憶はマジでないです、、、

あとはゲームばっかやってた。当時はコールオブデューティというゲームにハマっていて

毎日深夜までやって学校で寝る生活を楽しんでいた僕は、みんなから「デュティ男」と呼ばれるほどだった。

ついにテストは学年最下位を取った。ここまでくると逆に気持ちがいい。

ただ、ゲーム以外何にも打ち込むことがない状況に嫌悪感と虚無感を抱いてた。

今までずっと何かに追われ、努力していないといけないのだと体に染み込まれていたから、

常に何かに打ち込んでいて努力してないと、ダメなんじゃないかっていう気持ちを感じる。

今でもその症状は残っている気がする。

 

だから大学受験の時は本当に楽しかった。
一つのことに集中するという状況に、めちゃくちゃ幸福感を感じた。

飯も食わず、風呂も入らず勉強。
誰に怒られるでもない。萎縮することもない。

親や先生にプレッシャーを与えられていたら僕はここでも多分結果は出せなかったと思う。

晴れて青山学院大学に受かった。青学を受けた理由は「モテたかったから」。たぶん青学生は全員そんな感じの理由で受けてる。

 

入学早々明らかに出遅れる

入学直前に友達に借りたプリズンブレイクがまずかった。

続きが気になりすぎて学校に行けなくなってしまうのが避けられないほど面白い。入学1ヶ月くらい学校にいかずずっとプリズンブレイクを見続けてしまった。あまりにも依存性が強すぎるため、見ないことをすすめる。

とにかく僕はスタートで出遅れたことにより単位も友達も逃した。

お前らも知っているだろうが、大学の単位は真面目な友達を持っているかどうかにかかっているからな。

 

人生で初めて真剣に「土下座」した

僕は必死に進学しようと頑張ったが1単位足らずに留年した。

単位が足らないことがわかった時、すぐにスペイン語のおばあちゃん先生が住んでいるマンションに行きピンポンを鳴らした。

先生と話したのは初めてだったのでまずはご挨拶し、丁寧に頼みこんだ。課題でもなんでもするんで単位くださいって。

すると奴はこんなことを言ってきた。
「古川くんはテスト受けてないからさすがに成績をつけられないよ」と。

 

そう。僕はテストを受けていなかった。

それで単位が取れると思っていたのだから相当狂っている。当時はマジでいけると思っていた。

 

ただ、そんなこと言われても単位をくれないと留年してしまうので最後の手段である「土下座」を試みた。

まー坊:「この通りです!」

しかし土下座をする動作に入った僕は、態勢が30度ぐらいの所で止められてしまった。

先生:「やめてください、、!」

めちゃくちゃ嫌そうな顔をし、手で止めようとしてきたが僕は強引に土下座を完成させた。

ただ、初めて会話をする奴に突然土下座を完成され、相当怖かったのだろう。警察を呼ばれかけた。

 

人生初めての土下座で通報されそうになるとは思わなかった。

 

だけど帰り道、僕はすっきりした気持ちだった。
やれるだけのことをした結果だから。悔いはない。

 

この日、僕は日本一気持ちよく留年した。

 

モンストの大会でなぜか結果を残す

留年直後は親にどやされたりしたが、留年した分の学費はいずれ返すということでその場は丸くおさまった。

留年した年の単位も取得したことにはなるので、単位的には余裕ができたと思った僕はひたすら、あるゲームに打ち込んだ。

「モンスト」だ。

スマホで友達と一緒にオンラインでできるゲームは数少なかったのでめちゃくちゃ楽しんでいた。

同じバスケサークルの奴とモンストにハマって、毎日ゲームしてたら
ある日、友達が「大会でよーぜ」と言ってきた。

話を聞いてみると、どうやら優勝賞金が2,000万も出るらしかった。

さすがに無理だろ〜〜、と思いながらもまあいい思い出になるかなと参加を決定。
4人で1チームでの参加だ。

参加者はあらかじめ決められたクエストにチャレンジし、タイムアタックでより早くクリアしたチームの勝ちとなる。
これがめちゃくちゃ向いていた。

受験勉強か?ってくらい大会用クエストの研究を重ね、僕たちは関東大会で優勝した。
もちろんサクッと勝てたはずはなく
いくつも壁を乗り越えたのですがこれについては長くなるので別の記事で書くことにする。

ちなみに関東予選参加者は500チーム×4人、つまり2,000人だ。

 

ただ、この時点ではまだ賞金は出ない。
各地方の予選を勝ち抜いた合計16チームが全国大会に出場し、そこで優勝したら2000万。
もっとも、一回勝つだけでも200万もらえるのだが。

 

関東1位とっただけあって相手はめちゃ萎縮していた。
相手は関西4位だしそりゃそーなる。

 

しかし

 

 

 

 

僕達は負けた。

 

僕のミスで。

 

 

youtubeに上がってる動画を見ていただければ分かるのですが、どう見ても僕のせい。
やれ関東1位だ、優勝候補だのと持ち上げられてすっかり天狗になってしまった僕は、
調子に乗りすぎてショットを適当に打ってしまった。
あらかじめ完全に決めていた動きだったにもかかわらず。

というのも、モンストの大会には投票というものが存在していて
優勝チーム予想が当たるとオーブ50個もらえるんです。
※オーブ50個って結構でかいです。3,000円分くらい。

僕たちのチームは関東優勝していたのもあり、その投票がえぐいほど集まった。
ユーザーの6割が僕らのチームに投票してくれてたから死ぬほど天狗になってた。
それでショットを適当に打ってしまったんだと思う。

 

そんなチームがあっけなく初戦で負けちゃったもんだから死ぬほど叩かれた。

 

その時はツイッターで「く」って入れると予測変換で「クルセイダーズ しね」って出てきた、、笑
インターネットって怖いですよね。ゲームで負けただけで「しね」って言われるんだから。

 

ミスした時は絵に描いたように頭が真っ白になった。
クソほどへこんだし、2,3日はミスした時のイメージが頭から離れなくて一生トラウマになりそうだった。
体が沸騰しそうなくらい、悔しさと仲間への申し訳なさでいっぱいになってた。

 

でもずっとへこんでても仕方ないから、2000万を自分で取り返すと決めた。
そうでなければ、このトラウマは払拭できない。

自分のミスで賞金を獲得できなかったんだから、
自分の手で稼いでいずれ仲間に返そう。僕は心にそう堅く誓った。

 

 

ただ、年々その気持ちは薄まってきている。

 

将来を案じはじめる

留年して、将来の先行きに不安を覚えた僕はインターンを探し始める。
実力さえつければ就職も心配ないですからね。

 

いろんな企業に長期インターンに行くような意識高い系もどきだったが
インターン歴2年くらい経って、僕は重大なことに気づいた。

まー坊/0円研究家
俺、ぜんぜん仕事できねえ、、

 

もともと起業家精神があり、独立して大成功するはずの自分がインターンの段階で、他のインターン生に遅れなど取るわけがないと思ってた。でも実際はマジで全然仕事ができなくて、ここでも僕は萎縮。

正直モチベーションも保てず、どこに行っても結果が出せない悶々とした日々が続く。たぶん就職向いてないんだと思う。もう就職することを諦めた。

就職しないとなると、生き方が2択になる。今後の方向性は
金を稼ぐ」か「金を使わない」かだ。

 

金を稼ぐ方法は世のなかに溢れている。変な勧誘をしてくる奴にもわんさか会った。

自分でもビジネスやマーケティングについてかなり勉強をしたから、ある程度は稼げるようになったけど

将来的に個人が力を持つ時代に移り変わっていくと、金が稼げる人間の価値は下がるような気がした。

年収1億になったとしても、そんな人「珍しいけど いっぱいいる」から。

 

No.1ではなくOnly.1を目指した方がレバレッジが効くだろうと考えた僕は「金を使わない」方向に決め、生活コストを極限まで抑える方法はないか調べはじめる。

いろんな情報をかき集め、食費と交際費を抑える方法を見つけた。そしてなんやかんや情報を集めているうちにタイムチケットの存在を知った。

 

タイムチケットでランキング1位に

タイムチケットに出会い最初は気になるチケットを買いまくった。

当時1位だったゆっけさんのチケットを買って僕も何か出せるんじゃないかと考え、

食費や交際費を削る方法を知っていたので、そういうチケットを出してみた。

 

このチケットが1ヶ月半で1位をとった。もう昇り竜のごとくランキングを上げていったね。

もちろん色んな戦略を立てて、ランキングを上げていったわけだけど、話すと長くなるから割愛。

 

このタイムチケットがマジで有用だった話をする。

 

環境が強制的に変わることの重要さを知った

ランキング20位くらいにはすぐに入って、その後は毎日1件ぐらい注文が入っていたので

平均して毎日一人、会ったことない人と会う生活になった。僕の生活は一気に変化する。

 

お金を出して僕のチケットを買ってくれるくらいなので、経営者が多かったり意識の高い方とお会いできる機会が生まれ、

自分を囲む環境は、「ニートや大学生」から「経営者やフリーランス」になっていた。環境が変わると新鮮かつ有益な情報がどんどん入ってくるようになり、良い循環が生まれる。

 

自分を変えたければ、環境を変えることが大事だと身をもって気づいた。

誰かに紹介してもらうこととかも増えて、その時に僕が何者かわかりやすいように「0円研究家」という肩書きを勝手につけてみた。

 

テキトーにつけた肩書きが死ぬほど役に立った

人間の名前っていうのは以外と覚えづらい。肩書きってのは覚えやすいし、その人が何してるかなんとなくわかるっていうメリットがある。

この肩書きをぶら下げて、色んな人に会いにいくことができた。

「0円研究家」という肩書きでやってる人が他にいないから、とりあえず会ってみよう、という気になってくれるありがたい人達がたくさんいた。

その道の専門家に会うことで、さらに自分をとりまく環境は変化して面白みがアップしていく。

 

チケットでお会いした人に話せる内容も深みを増していき、良いレビューをたくさん頂いた。

そうこうしてるうちにランキング1位になった。

 

セーフティネットを作り、やりたい事をてきとーにやって生きる

タイムチケットを通して、世の中に「0円」の需要があることはわかった。

なのでこれからあらゆるものを0円にする方法を見つけ、それを日本中に広めることに決めた。
その理由は「フォロワー」を増やすため。

やっぱり最強の資産って、信用じゃないですか。
ファンやフォロワーがいれば、0円でさらにいろんなことができる。僕はやりたいことがいっぱいあるのでそのための手段として発信活動を続けていく。

そしたら結果として、やりたいコトだけやって生きれる人が増える。
基本的によっぽど頭のネジが飛んでいる人以外は、セーフティネットがないとやりたい事にフルベットできないからです。

とりあえず家賃0食費0交通費0のコミュニティを作る。これは絶対つくる。

もっと多くの人のセーフティネットを作りたい。
セーフティネットの作り方を発信する。

今はその道中です。研究中。めっちゃ頑張ってます。
なので0円ネタ、節約ネタ持ってたらすぐに教えてください。0円あげます。笑

 

なんか小難しいことを並べたけど、

結局のところ僕の原動力は

 

「友達とゲームがしたい」

 

これくらいのものです。
些細な幸せだけど、こんなに贅沢なことはない。

 

僕は僕が友達と遊び続けるために、人間から労働をなくす。










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